アズーわくわく通信
2007年8月号
自然や体験からの学び
「学ぶ」ということには様々な形があります。親から学ぶこと、友達から学ぶこと、先生から学ぶこと、教科書から学ぶこと、そして、自分の体験を通して学ぶこと。
本当に、学ぶ形は様々です。子ども達に、英語を教えながら最近特に感じることは、体験から学ぶことの大きさです。
ある雑誌に、「キャベツとレタスの違いが分からない学生がいる。キャベツもレタスも知っているけど見分けがつかない。体験から学ぶという経験が、不足しているのではないだろうか?」と書かれているのを目にしました。子ども達の成長期に、本物に触れることの大切さを訴えているのです。おそらく、それは自然を通し、実体験の中で学ぶことの大切さを意味しているのでしょう。
昔は、近くにたくさんの田畑がありました。田んぼのあぜ道を通っているだけで、アメンボも見ますし、カエルも見ます。カエルのタマゴも掴めば、草でフエも作っていました。思い返せば、小さい頃には自然に、そうした「自然体験」をしていたのです。カエルのタマゴと聞いて、知っていればリアルな世界がそこにはあり、知らなければバーチャルな中での理解となるのです。
子どもが自由に外で遊べることが少なくなった今「バーチャルでは何でも体験できても、本物を知らない。」ということについては、たくさんの専門家が指摘しています。先程のレタスとキャベツの話にしても、同じことが言えるでしょう。
もし、キャベツやレタスが、土にできていることを実際に見ていたら、たとえ、スーパーの野菜を見ても、レタスという一つの単体だけを意味するのではなく、「土に出来ているレタス」という「つながり」で一つのレタスを見ることができます。
また、それらを作っている人がいることを学べば、その努力を知ることになりますし、それが、食べ物に対する感謝へとつながってまいります。本物を知ることで、つまり、実体験することで、物と物とのつながりがたくさん見えますし、そこに豊かな感性も育まれていくように思います。
「学び」の中には、読み、書き、そろばんのような学校教育と、片や、心や体で覚える、教科書では教えられないことがたくさんあります。
例えば、言語を習得するときも、子ども達はまず物の名前(名詞)を覚え、次に『動く』『行く』などの動詞を覚えます。そして、そこから発展して、心に関する言葉を身に付けていくことができるのです。
実際、五感や体をめいっぱい使う自然体験活動は、言葉の学習にも役立つといわれています。しかも、「経験値が高い子ほど『生きる力』がある。」ことも、自然体験活動に関する調査研究では報告されているようです。
ある人は、子どもと山に登り、頂上まで行った時、『がんばる』というのは、こういうことだよ!と教えてあげます。ある人は、子どもと一緒にマラソンすることを夏休みの日課とし、『がんばる』ことを教えます。どちらも実体験を通して、言葉の本当の意味を知ることができるのです。体験することは学びであり、学びは体験から教えられるものです。
現代を生きる 子ども達に、大切な「学び」の場を体験させてあげたいものです。

