アズーわくわく通信
2006年6月号
ドラスティックな改革を好まない日本人?
「1.25」この数字を見て何のことかすぐに察した方はさすがですね。この数字はわが国の出生率を示したものですが、少子化は高齢化社会を担う働き手の減少を意味しますので、深刻な問題です。
政府や自治体も、母子保健医療体制の充実や児童手当の拡充、更には保育料の軽減措置や休職後の再雇用策など、あの手この手で子供を産み育てやすい社会環境の整備に取り組んでいますが、職者からは、少子化は女性の生き方や家族のあり方が問われており、社会や教育のあり方にまで行き着く奥の深い問題であることが指摘され、抜本的な改革の必要性が示唆されています。
話は変わりますが、今春、小学校での英語教育の必須化が決まったとのニュースが大々的に報じられたのはご記憶のことと思います。
そのニュースが流れるや「大事なのは国語教育だ!」「これ以上他の教科の時間は削れない!」など相当な反発が出ていますが、必修化の意味するところは、道徳などと同じ扱いということです。
当然、教科ではありませんので、教科書もなく、授業も総合的な学習から数時間分が充てられてるのではないかと予想されています。
大きく報じられた割には、現行の英語活動の延長線上の対応にとどまっていませんか?と逆に問い質したくなってしまいます。
そんな日本に先んじてアジアの国々は小学校からの英語教育に力を入れていますが、その大きな理由が国際競争力を高めることにあると言われています。
ちなみに、インドが英語大国であることは意外に知られていないのですが、英語を話す人材が多いということで大手企業がオペレーションセンターをインドに設ける動きも活発だと言われているくらいですので、ここ数年のインドの驚異的な経済成長の背景に高い英語力があることは見落とせない事実です。
今、わが国は少子化の問題とともに、「日本人の英語力を高める」ということに対しても、真剣に対応を迫られているように思うのですが、ドラスチックな改革を好まない日本人?には難しいテーマなのでしょうか。

